人を怨んだり、憎がったりするなあ、はあ真当なこっちゃあねえ。
 そう知りながら、恨めしいような心持や、憎らしいような心持が、忘れようとしても忘られず心にこびりついているから、彼はせつないのである。
 もうやがて近々に別れなければならない、耕地を見歩きながら、このことを思う彼の眼には、いつでも止めるに止められない涙が湧き出して、大きい、あの子供らしい目が何も見えなくなってしまうのが常であった。
 海老屋の御隠居……俺が田地……子供等……俺が死んだ後あ、はあ何じょって奴等あ暮してんべえ。そして、あの海老屋の若者を救い上げたときの歓《うれ》しさを思い出すと、彼は全く堪らなくなる。
 今はもう、皆どこさかぶっとんで行ってしまったあのときのあんなに仕合わせだった心持を思い出すと、それが追憶である故に――これから二度と会うことの出来ない、昔の思い出であるために――一層慕わしく、なつかしく胸を揺られる。
 こういう原因《もと》に「それ」がなったのだと思うと、ほんとに何とも云えない心持がして来るのである。
 一思いに、あのときの「その喜び」も何も、皆怨みや憎しみで塗り潰してしまえれば、それは却って結構
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