れてしまう。
彼はますます深くうなだれるほかなかった。
「例え嘘にしろ何にしろ、あの御隠居が、そうと思いこんだといったら、決してただじゃあすまさない方だ。ことによれば訴えなさるまいもんでもない。
疑いをかけられるくらい、人間恐ろしいものはないからね。
すっかり身の証《あかし》も立てて、御隠居の考えも通させた方が、どう考えても得策だね」
訴え! 訴え!![#「!!」は横1文字、1−8−75] 哀れな夫婦の耳元で、訴えの一言が雷のように鳴り響いた。
無智な農民の心を支配している法律に関するこの上ない恐怖が、彼等の頭を掻き乱したのである。
道理の有無に関らず、彼等を一竦みに縮み上らせるのは、訴えてやるぞという言葉である。
まるで証拠のないことを、若し若旦那が、ええ誰かが後から突落したのを知っていますとでも云えば、いったい俺等は何で、そうでないという明しを立てるのだ。
調べられるとき、酷《ひど》い目にでも合わされて、苦しまぎれに夢中でそうだとでも云ったら、どうすればいいのか。
訴え、恐ろしい訴え――それも自分の方には何の強みもなさそうに思われた訴え――が、すぐ目前に迫っている
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