快さが一杯になっているのである。
何にも知らない獲物は、平気で頓間《とんま》な顔付きをしながら、ノソノソ、ノソノソとだんだん落しに近づいて来る……。
そのとき猟人の胸に満ちる、緊張した原始的な嬉しさが、そのまま今年寄りに活気を与えて、何だか絶えずそわそわしている彼女は、きっとこういうときほか出ないものになっている無駄口をきいたり、下らないことに大笑いをして、
「ヘッ、馬鹿野郎が!」
などとつぶやく。
その馬鹿野郎というのは、決して憎しみや、侮蔑から作男共に向って云われたのではない。
これからそろそろと御意なりに落しにかかろうとする獲物に対する非常に粗野な残酷な愛情に似た一種の感情の発露なのである。
年寄りは、着々成功しかかる自分の計画の巧さに、我ながら勢《きおい》立ってますます元気よく朝から晩まで、馳けずりまわって働いていたのである。
三度まで無駄足を踏ませられても、怒る様子もないばかりか、使をよこすのを止めようともしない……。
さすがの禰宜様宮田も、またさすがのお石も、少し妙な気がした。
いったいまあどうしたことじゃい!
漠然とした疑惑が起らないではなかったが、禰宜
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