にして、自分独りですねていたのである。
辞退はされるが、どうか何なり欲しいものを云ってくれという使の趣を話されたとき、顔が熱くなるほど嬉しかったお石は、相手をこう出させるために、とっさんはあのとき断って来たに違いないと思った。
若しそうだとすれば、俺ら何のために怒ったろう? ひそかに心のうちではにかみ笑いをしながら、彼女は今度もまた謝絶している禰宜様宮田を珍らしく穏やかな眼差しで眺めていた。
彼は相変らずのろい、丁寧な言葉で断わると、うるさいものと諦めていた番頭は思いがけず、じきに納得して帰ってくれた。
禰宜様宮田は、すぐ帰ってもらったことに満足し、お石は何はともあれ来てくれたことに満足して、家中には久しぶりで平和が戻って来たのであった。
けれども、使は三日にあげずよこされる。そして、ことわられては素直に帰って行く。
「またおきまり通りでございます……」
番頭がそう云って隠居の部屋へ挨拶に行く毎に、海老屋の年寄りは会心の笑《えみ》を洩していたのである。
まったくおきまり通りになって来るわえ……。
年寄りの心には、ちょうど藪かげに隠れて、落しにかかる獣を待っている通りな愉
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