じょうな胸の奥にひそまり返っていたのである。
幾度云っても聞かないのを見た年寄りは、内心に意外な感じと、先ず儲けものをしたという安心とを一どきに感じながら、たった一円の包みを眺めた。
そして、何となしホッとしながら、けれどもどこまでもせっかく出したものを突返された者の不快を装いつつ、不機嫌そうに傍の手文庫を引きよせて、包みを入れると、ピーンと錠を下してしまった。
隅々の糸がほつれている色も分らない古|巾着《きんちゃく》を内懐から出して、鍵を入れると、
「一銭や二銭のお金じゃあなし、遣ろうと云えば、一生恩に被る人が、ウザウザいうほどあります。ただ湧いて来るお金じゃあなしね」
とつぶやきながら、うなだれている禰宜様宮田の胡麻塩の頭を眺めて、彼女は途方もない音を出して、吐月峯《はいふき》をたたいた。
三
海老屋の年寄りは、翌朝もいつもの通り広い果樹園へ出かけて行った。
笠を被り、泥まびれでガワガワになったもんぺを穿いた彼女が、草鞋《わらじ》がけでたくさんな男達を指揮し出すのを見ると、近所の者は皆、
「あれまあ御覧よ、
また海老屋の鬼婆さんが始まったよ」
と、あ
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