若者を眺めてから、愛《いつ》くしみに満ち充ちた心を持って、裏口から誰も気の付かないうちに、さっさと帰って行ってしまった。

        二

 今まで、何かにつけて禰宜様宮田は自分の心のうちに年中|飢《ひも》じがって、ピイピイ泣いては馳けずりまわっている瘠せっぽちな宿無し犬がいるような気持になりなりした。平常は半分まぎれて気がつかないでいても、何か少し辛いことや面白くないことが起って来ると、どこかの隅に寝ていた瘠せ犬がムックリと起き上る。そして、微かな足音を立てながら、悲しげに泣きながら、彼の体中を歩きまわる。
 ソクソクソクソクという足元から、悲しい寂しい心持が湧き出して、禰宜様宮田の心も体も押し包んでしまうのである。
 そして、ときには瘠せ犬が自分の心の持主なのか、または自分が、その瘠せ犬の主なのか、よく分らなくなってしまうほど、追い払っても、追い払っても、また戻って来るみじめな、瞬く間に自分の心を耄碌《もうろく》させてしまいそうな辛さが、彼の心を苦しめたのである。
 けれども、有難いことには、昨日のあの瞬間から――彼が泣き伏しながら拝みたい心持になったときから――彼の魂は真当
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