そろそろと起き上った彼は、仲間と一緒に若者をようよう近所の百姓屋まで運んで行った。
救われた若者は、町で有名な海老屋という呉服屋の息子で、当主の弟にあたる人であったのである。
名乗られると、急にどよめき立った者達は、ふだんは使わない取って置きのいい言葉で御機嫌をとろうとするので、大の男までときどき途方もないとんちんかんを並べながら、ワクワクして助けてくれた人は何という者だと訊かれると、
「ありゃおめえさ禰宜様宮田で、へ……
もうからきしはあ……」
などと、お世辞笑いばかりする。
今の場合、わざわざ拾って来られたところでどうしようもない魚籠《びく》だの釣竿だのを、一つ一つ若者の前へ並べたてながら、彼らは財布と銀時計――若者も内心ではどうなったろうと思っていた――をこっそり牒《ちょう[#ママ]》し合わせて、見付からないことにしてしまった。
「オイきっと黙ってろな、え?
ええけ、きっとだぞ!」
皆に拳固をさしつけられた禰宜様宮田は、部屋の隅の方でコソコソと身仕度をした。
そして、大切そうに皆に取り巻かれ、気分もよほどよくなったらしい面持ちをしながら、家からの迎えを待っている
前へ
次へ
全75ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング