い。
が、しかし……
何だか気になってたまらない彼は、煙管《きせる》を持った手を後で組み、継ぎはぎのチャンチャンの背を丸めて、堤沿いにソロソロと歩き出した。
「オーイ、誰《だんか》来てくんろよ――オーイ」
近所の桃林で働いていた三人の百姓は、びっくりして仕事の手を止めた。
「オーイ来てくんろよ――沼だぞ――」
「あら、オイ禰宜様の声でねえけえ?」
彼等が沼地へ馳けつけたときには、真裸体《まっぱだか》の禰宜様宮田が、着物の明いているところじゅうから水が入って、ブクブクとまるで水袋のようになっている若い男を、やっとのことで傍の乾いた草の上まで引きずり上げたところであった。
背が低くて、力持ちでない禰宜様が助け上げたのが不思議なくらい、若者は縦にも横にも大男である。
が、もうすっかり弱りきっている。
心臓の鼓動は微かながら続いているから、生きてはいるのだが、見るも恐ろしいような形相をして絶息している。
もう一刻の猶予もされない。
水を吐かせ、暖め摩擦し、そのときそこで出来るだけの手当がほどこされたのである。
ここいらの百姓などとは身分の違う人と見えて、労働などは思ってみたこともなさそうな体をしている。自分が裸体だなどということはまるで忘れて、水気が一どきに乾こうとする寒さで、歯の根も合わずガタガタ震えながら、それでもひるまない禰宜様宮田は、若者の上に跨《また》がるようにして、
ウムッ! ウムッ!
と満身の力をこめて擦《こす》っている。
青ざめた、けれどもどうあってもこの男を生かさずにはおかないぞというような、堅い決心を浮べた彼の顔は、平常《ふだん》に似合わずしっかりとして見える。
心から調子の揃った四人の手は、やがてだんだん若者の生気を取り戻し始めた。
呼吸が浅く始まる。
紫色だった爪に僅かの赤味がさして、手足にぬくもりが出る。
おいおい知覚されて来た刺戟によってピリピリと瞼や唇が顫動《せんどう》する。
やがて、ちょうど深い眠りから、今薄々と覚めようとする人のように、二三度唇をモグモグさせ、手足を動かすかと思うと、瞬《まばた》きもしないで見守っていた禰宜様宮田の、その眼の下には、今、辛うじて命をとりとめた若者のみずみずしい眼が、喜びの囁《ささや》きのうちに見開かれた。
この瞬間!
禰宜様宮田は、自分の体の中で何かしら大した幅のあるもの
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