銭を貰いたさに、普通一俵としてあるところを、二俵も背負っているので、そんなに力持ちでもない彼の肩はミシミシいうように痛い。
 太い木の枝を杖に突いて、ポコポコ、ポコポコ破れた古鞋《ふるわらじ》の足元から砂煙りを立てながら歩いて来た禰宜様宮田は、とある堤に荷をもたせかけるようにしてホッと息を入れた。
 さっき行った人足も、やはりここでこうやって休んだとみえて、枯れかけた草を押し伏せて白土の跡が真白く残っている。
 滲み出した汗を拭きながら、彼はあたりを見まわした。
 すべてが寂しい。
 滅入《めい》るように静かな天地には、もうそろそろ冬の寒さが争われない勢を見せて、すがれた叢《くさむら》、音もなく落葉して行く木立の梢を包んで底冷えのする空気がそこともなく流れている。
 やがては霜になろうとする霧が、泥絵具の茶と緑を混ぜて刷いたような山並みに淡く漂って、篩《ふる》いかけたような細かい日差しが向うにポツネンと立っている※[#「白/十」、第3水準1−88−64、240−20]角子《さいかち》の大木に絡みつき、茶色に大きい実は、莢《さや》のうちで乾いた種子をカラカラ、カラカラと風が渡る毎に侘しげに鳴りわたる。
 ジジー――ジジー――……
 地の底で思い出し思い出し鳴く虫の声を聞くともなく聞いていた禰宜様宮田の心のうちへは、また海老屋のことが浮んで来た。
「……なじょにしたらよかっぺえ……」
 幾度考えたとて、徒に同じ埒の中を堂々廻りするほかない。
 彼は駸々《しんしん》と滲み出して来る無量の淋しさと、頼りなさに、自分の身も心も溺れそうな気がした。
 今までは自分の後にあって、目に見えぬ支えとなっていてくれた何か、何かの力が、もうすっかり自分を見捨てて独りぼっち取りのこしたまま、先へ先へと流れて行ってしまうような心持がする。
 何も彼にもが過ぎて行く……。
 グングン、グングンと何でも彼んでも、皆どっかへ飛んで行ってしまう……。
 いたたまれないような孤独の感に打たれて、彼の魂は急に啜泣きを始めた。
 空虚《からっぽ》が彼の心にも蝕んで来た。
 彼の知らない涙が、あてどもなく凝視《みつ》めているあのいい眼から、糸を引くようにこぼれ出て、疎らな髯のうちへ消えて行った。

        五

 収穫の後始末もあらかた付いて、農民がいったいに暇になると、かねがね噂のあった或る新道の
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