目のないものが棲んでいるどん底へと押し沈めかけていたのである。
ところへ、五年目に起った大不作は彼等一族を、まったく困憊《こんぱい》の極まで追いつめてしまった。
恐ろしい螟虫《ずいむし》の襲撃に会った上、水にまで反《そむ》かれた稲は、絶望された田の乾からびた泥の上に、一本一本と倒れて、やがては腐って行く。
豊かな、喜びの秋が他の耕地耕地を訪れるとき、禰宜様宮田のところへは、何が来てくれたのか。
息もつけない恐怖である。逼迫《ひっぱく》である。
愚痴を並べ、苦情を云っていられるうちは、貧乏の部には入らないという、そのほんとの「空虚《からっぽ》」が来たのである。
空虚な俺等《おら》……。
蓄わえた穀物はなくなるのに、何を買う金もない。何で親子五人の命をつないで行ったらいいのだろう?
そこへ、海老屋ではまたも難題を持ちかけて来た。
一俵の米もよこされない。それじゃあすまないから、今まで貸してやっていた金を、暮まで待つから全部返済しろと云うのである。
食うや食わずで、たださえ生きるか死ぬかの今、無断で一割の利まで加えた百円以上のものを、どうして返せるだろう。
金で返せない? それなら仕方がない、土地を差押えるぞ!
これが海老屋の年寄りの奥の手であった。
最初からこうまでするように、彼女の妙法様はお指図下すったのである。
現在海老屋の所有となっている広大な土地は、全部こういう風な詭計を用いて奪ったのだと云うことは、決して単にそねみ半分の悪口ばかりだとはいえない。
そんなことをするに、ちっとも可哀そうだとも、恥かしいとも思わないだけ、充分に彼女の心は強かったのである。
そして、またその驚くべき強い心に、この上ない誇りを感じている彼女は、何も自分の持っている力を引込ませて置く必要は認めなかった。
何のために虎は、あんな牙を持っているかね、弱い人間や獣を食うためじゃあないか、私の生れつきだってそれと同じなのだ。それでもうすっかり彼女は安んじていられたのである。
今度も彼女は、自分の天稟《てんぴん》に我ながら満足しずにはいられなかった。
もうここまで漕ぎ付ければ、後はひとりでに自分の懐に入って来るほかないいくらかの土地を思うと、優勝の戦士がやがて来る月桂冠を待つときのような心持にならざるを得なかった。
比類ない自分の精力と手腕をもってすれば、こ
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