なこったと云っていられるお石の心持を半ば驚きながら、彼はいろいろと云い訳の言葉などを考えた。
 あの年寄がこんなことを願いに行ったときいたばかりで、何と云うかと思っただけでさえ、足の竦《すく》むような気のする彼は、せめてものお詫びのしるしにと、新らしい冬菜《とうな》をたくさん車にのせて、おずおずと出かけて行ったのである。
 台所の土間に土下座をするようにして、顔もあげ得ずまごつきながら、四俵のはずのところを二俵で勘弁してくれと云う禰宜様宮田を、上の板の間に蹲踞《しゃが》んで見下していた年寄りは、思わず、
「フム、フム」
とおかしな音をたてて鼻を鳴らしたほど、いい御機嫌であった。
 いくら平気でいるように見せかけても、あらそわれない微笑が、ともすれば口元に渦巻いて、心が若い娘のようにはねまわった。
 彼女の計画はこうなって来なければならないのだ。
 こうなると、ああなって、そういう風にさえなると……。
 いろいろな意味において快く承知した年寄りは、負けてやる二俵分を現金に換算して禰宜様宮田に借用証文を作らせながら、ちょうど若い人がこれから出来ようとする気に入りの着物の模様、着て引き立った美くしい自分の姿及び驚きの目を見張るそんな着物を作られない者達のことごとを想像する通りに、そわそわと弾力のある心持で順々に実現されて来る計画に心酔したようになっていたのであった。
 それから三年の間、膏汗《あぶらあせ》を搾るようにして続けた禰宜様宮田の努力に対して、報われたものはただ徒に嵩《かさ》んで行く借金ばかりであった。
 今年こそはとたくさんの肥料を与えれば、期待した半分の収穫もなくて、町の肥料問屋へも、海老屋へも、どうしようもなくて願った借金が殖えて行く。
 今までは、貧しくこそあれ一文の貸しもない代りに、また借りもなく、家内中の者が家内中の手で暮していられた彼等の生活には、絶えずジリジリと生身に喰いこんで来る重い重い枷《かせ》が掛けられた。
 どうにかしてはずしたい。
 何とかして元の身軽さに戻りたい。
 一生懸命にもがけばもがくほど、枷はしっかりと食いこんで来るように、僅かの機会でも利用して借金も軽め生活も楽にさせたいとあせればあせるほど、経済は四離滅裂になって来る。
 ガタガタになり始めた隅々から、貧しさは止度もなく流れこんで、哀れな小さい箱舟を、一寸二寸と、暗い、寒い、
前へ 次へ
全38ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング