て、晴れた空に響いて行く。
 娘のまき[#「まき」に傍点]と、さだ[#「さだ」に傍点]に守りをされながら、六《ろく》の小さい裸足の足音は湿りけのある地面に吸いつくような調子で、今来て肩につかまったかと思うと、もうあっちへヨチヨチとかけて行く。
「ア、六。
 そげえなとこさえぐでねえぞ。
 血もんもが出来てああいていてになんぞ、な。
 こっちゃて、ほうら見、とっとがまんま食ってんぞ、おうめえうめえてな……」
 麦粉菓子の薄いような香いが、乾いて行く※[#「木+(綏−糸)」、第3水準1−85−68、213−15]の根から静かにあたりに漂っていた。
 すると、昼過ぎになって、突然海老屋の番頭だという男が訪ねて来た。
 昨日のお礼を云いたいから、店まで一緒に来てくれと云うのである。
 いろいろ言葉に綾をつけながら、わざと早口に、ぞんざいな物云いをする番頭は、彼の妙にピカピカする黒足袋を珍らしがって※[#「奚+隹」、読みは「にわとり」、第3水準1−93−66、213−19]共が首を延すたんびに、さも気味悪そうに下駄をバタバタやっては追い立てる。
 ※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66、214−1]がはあおっかねえとは……
 心の内でびっくりしながら、まき[#「まき」に傍点]やさだ[#「さだ」に傍点]は番頭が厭な顔をするのも平気で、真正面に突っ立ったまま、不遠慮にその顎のとがった顔を見守っている。
 禰宜様宮田は行きたくなかった。
 そんな立派な家へ、何も知らない自分が出かけて行くのは気も引けたし、何かやるやると云われるのにも当惑した。
「俺らほんにはあお使えいただいただけで、結構でござりやす……
 何《なん》もそげえに……
 そんに決して俺らの力ばっかじゃあござりましねえから……」
 彼は下さる物は、自分のような貧乏人にとって不用《いら》ないはずはないことは知っている。
 けれども……何だか品物などでお礼をされるには及ばないほどの満足が彼の心にはあったのである。
 そして物なんか貰ってさも俺の手柄だぞという顔は、とうてい出来ない何かが彼の頭を去らなかった。
 番頭に蹴飛ばされそうになる雛どもを、ソーッと彼方へやりながら、禰宜様は幾度も幾度も辞退した。
 が、番頭はきかない。
 とうとう喋りまかされた禰宜様宮田は、海老屋まで出かけることになった。
 店の繁盛なことや、暮しの
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