、汽車は大丈夫?
 マーガレットのこの質問は、決して無意識ではない、彼等はもうさっきから、軌道《レール》の上に響いて来る、重い威圧的な機関車の音を聞いていたのである。Wはちょっと頭を廻して提灯の灯ほどに見える赤い前燈《ヘッドライト》と踰《こ》ゆべき軌道の幅とを見較べた、が、それだけの注意さえ、このときの彼には何となく滑稽に思われたほど、動いて来る燈と軌幅との差は大であった。不安を持とうにも、持ち得ないほど大きな差である。自分達の若い、健康な四本の脚が、この悦に満ちた晩に、どうしてこのたった五尺前後の空間を横切れないことがあろう。彼は、マージーの臆病を揶揄《やゆ》する少年のような声を挙げて、高々と笑った。
「大丈夫さもちろんマージー、さあ行こう」
 Wに腕を扶けられながら、彼女はまたちょっと頭を傾けて彼方に流眄《ながしめ》を与えると、そのまま良人の自信に絶対の信を置いたような歩調《あしどり》で動き出した。そして、ファミリアな無関心の二三歩を踏んで、その次を運び出そうとした瞬間、彼女は小さい声で、
「おや」と云いながら、前へ行こうとした良人の腕を押えた。
「どうした?」
「ちょっと……」

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