現われた。そこを横切る踏切りを抜けて一二丁行ったところに、彼等の安眠の巣が大きな樺の樹に覆われて建っているのである。村に育って村に住む彼等は、何度この道を歩いたろう、過去幾年か通り過ぎ踏み馴れた、その道を今彼は、輝きに騎るような心持で履《ふ》み越えようとしているのである。
眠った家々の屋根や、動かない樹々の重い梢々が、高い透明な大空の穹窿《きゅうりゅう》の下に、見えない刻々を彫みながら、少しばかりずつ、地殻の彼方へずり落ちて行くような感じを与えた。樹蔭の闇から月光を反射する窓硝子や扁平な亜鉛屋根の斜面が不思議に悒鬱《ゆううつ》な銀色で、あたりの闇を一層際立たせ、同じような薄ら寒い脊骨を刺すような光線は土に四本並んで這う鋼鉄の線路からも反射しているのである。線路の傍に小さく建った番小屋の傍まで来ると、今までWに体を持せかけるようにしていたマーガレットは、急にぱっちりと眼を見開きながら身を起して、
「好い月ね」
と云った。広い鍔の陰から、丸い顎を仰向けるようにして朗らかな天を仰だ眼を落すと、彼女は、ちょっと眉を顰《しか》めるようにして、彼方に光っている鈍銀の窓々を見た。
静かな晩――W
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