きるので、この誇とも自負ともいうべき心持は一方においては、全然無条件に彼女の高貴を承認し、讃美する。彼女の尊厳が加わるに連れて、彼の意識の奥に横わるこの自信も強度を増して来る。今の彼にとっては、これ等二重の心持が働きかけて、彼と彼女をかたい抱擁の光輝に包みながら、飽くことを知らぬ愉悦の彼方まで吹き送ったのである。
「俺は仕合わせだ」
彼は恍惚として顔を撫でた。
「俺は仕合せだ。若いマージー、美しいマージー。フム……俺も若いのだ。そして子供達も――子供達も悪くはない、仕事はよくなるだろう、生活はよくなるだろう、俺は仕合わせだ。彼女も仕合わせだ。
二人ともが健康で、愛し合い扶け合って、これから幾年か、そう幾十年か一緒に生きて行くのだ。よい! 生活は、よい!」
彼は急に何か熱い塊りが喉元に突掛って来るのを感じた。幸福な戦慄が彼の体を貫いて走った。
「マージー……」
彼は、しっとりと湿って柔かいマーガレットの裸形《むきだし》の手を取りながら、微かな香りのある腕を、じっと自分の岩畳な腕の下に締めつけた。
長い林檎林を抜けると、道は急に開いて、二人の前には寝静まって森閑とした大通りが黒く
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