にか》みで上気したような瞳を瞬きながら、自分の腕に倚って歩を運ぶマーガレットを眺めた。
 そこには、いつもの見馴れたマージーの、主婦《ハウスワイフ》らしい地味な、取繕わないふうは、その影さえも止めていなかった。何か非常によきもの、美しきもの、それ等は、彼がかつて一度も彼女のうちに見出したことがないようにさえ思われるものが、今薄いラベンダーの着物に包まれて、半ば眼を瞑《つむ》るように閉じながら、足音も立てずに引添うて来るマーガレットの周囲に燦然《さんぜん》と耀いているのである。
 日常生活の単調な反復が、いつか積らせた鈍重な塵の底に埋もれていた美が、今、その遮蔽物を掻きのけて光り始めたのであろうか。
 それとも、久振りの甦った亢奮が、彼女に新しい魅力を加えたのであろうか、それはどっちだかW自身にも判断が付かなかった。
 けれども、歩むにつれて、フワフワと揺れる鍔広《つばひろ》の帽子が、すべすべな頬を斜に掠めて優しい影を投げ、捲毛から溢れた小さい耳朶から、芳しい頸、胸と何の滞りもなく流れる円滑な線が、レースと、飾帯《サッシ》につけた花束の間に幻の如く消えている、その繊細な、柔かく、軽い、夢
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