は、微風に連れて雲のように膨れたり萎んだりする白布を背景にして、眩ゆそうに額際に腕を挙げたマーガレットが、血色のよい頬に渦巻くような笑を湛えながら、“Halloo dear”と野放しの声を投げる。
 質素な木綿着物に包まれた彼女のほっそりとした体の周囲からは、やや田舎めいた、清潔な快い糊のにおいがプント立ちのぼるだろう、濡れて光る双手、小さい汗のために水蜜桃のような顎――あらゆるものが彼女の母性《マザーフット》を囲んで耀くように見えた。壊れかけた玩具も、磨かれた家具も、すべてが彼女の影を受けて始めて、活々として見えるようにさえ思われるのである。
 そういうとき若い良人のWは、涙が出るほどの悦びを感じずにはいられなかった。しかし、その悦びは、決して今のようなものではない。何と云ったら好いだろう。ちょうど、仕合わせな、可愛がられる子供が、髪の毛を透して母親の慈愛に満ちた寵撫《パット》を受けるときのような心持である。その膝に靠《もた》れてそのまま眠ってしまいたいような信頼である。「我等の母」に対する尊敬ともいい得る感激なのである。
 けれども!
 Wは、半ば駭《おどろ》き、半ば歓喜の含羞《は
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