藍子は尾世川に渡されたそのハガキを机の上へ戻した。
「今でようございましたね。朝のうちにでも来ていたら、さっきの男に自然に話せなかったろうから」
「そうです、そうです。……然し何故こんな真似したんだか、どうも……」
「判って見れば放っても置けまいが――」
 藍子はすっぱり彼女らしい調子で、
「どうなさいます?」
と訊いた。
「さあ……」
「あなたの心持で、責任持ってやらなけりゃいけないものがおありんなるんですか」
「いえ、そんなものはありゃしない」
「だって……」
「いえ、それは全くです。これまでだって十度と会ってないんです。だから、どうも先がどんな気なんだか見当もつかない訳なんです」
 藍子は黙って考えていたが、ふっと、
「じゃあ私が行って見ましょうか」
と云った。
「あなたが今いきなり背負い込むのも変なもんだろうし」
「そうですか。いや、そりゃあ実に」
 尾世川は、文字通り救われた喜色で面じゅうを照り輝かせた。
「そう願えりゃそれに越したことはないですが。――かまわないですか、貴女みたいに若い御婦人の行かれるところじゃ無いんじゃないですか」
「その人を訪ねて行くんですもの平気でしょ
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