宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)俄《にわか》に

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)真直|階子《はしご》を登ろうとすると、

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)五月蠅い[#「五月蠅い」に傍点]ことのためばかりに、
−−

        一

 藍子のところへ尾世川が来て月謝の前借りをして行った。尾世川は藍子のドイツ語の教師であった。箇人教授をしているのだが、藍子の他に彼に弟子は無く、またあったとしても無くなるのが当然な程、彼はずぼらな男であった。火曜と木曜の稽古の日藍子が彼の二階へ訪ねて行ってもいない時がよくあった。昨日からお帰りにならないんですよ。階下の神さんが藍子に告げる事もある。大抵そういう事の奥に女が関係しているのであった。尾世川のずぼらなところがちょっとした女の気に入るのか、余りに女にちやほやされてずぼらになってしまうのか、兎に角彼に女とのいきさつは絶えることなかった。元の勤め口もその方面の失敗でしくじった事を、藍子は尾世川自身から聞いた。
 その代り、気が向いたとなると、彼
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