の教授ぶりは愉快極まるものであった。いい加減で、
「今日はここまでにして置きましょう」
としまいかけるが、
「然し、面白いですねえ、ちょっとその先を御覧なさい」
 独りで読み出して、いつの間にかまた教授が始まる。それが二時間も三時間も続く。終に藍子が、
「少し休もうじゃありませんか」
と云い出した。気の好い尾世川は、俄《にわか》に恐縮して、
「いやこれはどうも! お疲れでしょう。ついどうも好い気持になっちゃって!」
 抜け上った広い額を押え、急に自分の坐っている机の周囲を見廻すような格好をした。何か口を濡すものを、本能的にさがすのであったが、尾世川の部屋では、冬でも火鉢に火がある時とない時とむらがある。そんな貧乏生活であった。
 藍子がそばをおごったりして夜までいるようなことがあった。
 彼女がまた、稽古の間に、
「何だかいやに寒くなっちゃった。風呂へいらっしゃいませんか」
と誘うような気質であったから、尾世川の、どんな貧乏も一向苦にせず、寒中セルと褞袍《どてら》で暮しながら額のあたりに貧の垢ではない微かな艶を失わない彼の生活ぶりと、どこかでうまが合うのであろう。
 若きヴェルテルの悩
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