かけで、応用作文を藍子が帳面へ書いていると、
「ごめん下さい」
神さんが上って来た。そして体を半分階子口の板の間へ置いたまま畳へ片手をつき、ずっと尾世川の方へ一枚のハガキをさし出し降りて行った。
「――何だかうまく行かないな――これで通じますか」
ちょいちょい字をなおしながら藍子は帳面を尾世川の方へ向けた。
「え? え?――ああ出来ましたか」
急いでハガキを置こうとし、猶その方に気をとられ、やっとそれを下へ置いて尾世川は藍子の作文に目を通した。
「結構です。――大分こなせて来ました」
――煙草に火をつけながら、尾世川はハガキを再び手にとり上げた。
「――湯島天神にこんなところがあるのかな」
「なんです?」
風呂敷を結びながら、藍子が何心なく訊きかえした。
「いや、――到頭来たんです」
「へえ」
覚えずあげた藍子の顔と尾世川の顔とが正面に向き合ったが、二人とも笑うどころか、藍子は心配そうに、
「どこにいるのです? 湯島ですか」
と訊きかえした。
「見晴し亭内としてある――そんな家もあったかしらん」
ハガキの文句はただ是非来てくれというばかりで、詳しい事情はちっとも分らない。
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