、男の児みたいな藍子の様子にふっと笑いながら座布団を出して来た。
「誰です? そのお客さん」
「それがね、千束から来た方なんですよ、女の人は来ていないかって――どうも銘酒屋さんか何かの主人らしゅうござんすよ」
「へえ」
 藍子の、意外そうな表情を見て、神さんは、
「あなた何にも御存じなかったんですか」
と云った。
「知りませんよ。――いつ頃から来てるんです」
「さあ」
 神さんは、首を捩《ねじ》って、店の鴨居にかけてある古風なボンボン時計を見上げた。
「もう小一時間たちますね、かれこれ」
 二人は、暫く黙って、聴くともなく二階の話声に耳を傾けた。折々低い声で何か云う男の声がするばかりで、穏かなものであった。
「いい塩梅に面倒なこともなくて済みそうだからいいけれど、厭な気持がしますですよ。いきなり、大塚いねと云う女がいる筈ですがって、私の顔をじろじろ見るんですもの――」
「――逃げたんでしょうか」
「さあ……」
 神さんは、語尾を引っぱったまま再び注意を自分の頭の上に向けた。
 すると、二階の襖《ふすま》が開き、
「じゃ、そんな訳ですから何分よろしゅう」
と云う、錆びた中年の男の大きな声
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