こうかと思った。女子青年会のアパアトメントにいる友達と、砂土原町とが頭に浮んだ。
藍子の先輩に当る相馬尚子が仏語の自宅教授や翻訳を仕事にしてそこに住んでいる。
藍子は、一寸|躊躇《ちゅうちょ》していたが、元気よく駆けるように大日坂を下り、石切橋から電車に乗った。
尚子の処に、思いがけず清田はつ子、森鈴子という連中が来ていた。明治末葉の、漠然婦人運動者と呼ばれている人々であった。
黒い紋羽二重の被布に、同じような頭巾をかぶったはつ子は、小さい眼を輝やかせて自分の恋愛談をした。
「私のその青年との恋愛は、清田によって満されなかった美の感情がその人に向って迸《ほとばし》ったとでも云いますか。――私自身始めっから、それは自覚していましたからその男のひとがほかに好きな女の出来た時、やっと役目の済んだような気がしましたよ」
尚子が、
「なかなか浮気ね」
と笑った。はつ子も、赧《あか》ら顔の中から目立って大きな三枚の上前歯を見せて笑ったが、
「あなただって三十五六になって御覧なさると、変りますよ。自分の浮気を押えようとしているうちはまだ浮気は小さい。私なんぞは人間は浮気に出来ているものだと
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