た模様であったが、くわしいことを尋ねもしないうちに、尾世川の身辺は大分とり込んだ。
樺太から来た女が一時彼の二階にいた。
技師の細君で、夫の任地の九州へ独り行く。その途中寄ったのであった。
尾世川は、そのひとの為に、謂わば職を失ったのであった。女も、いろいろ空想し、彼の許へ来て見たが結局どうにもならず、おとなしく夫の処へ行くしかない。そういう事情らしかった。
藍子が稽古に行くと、不二子というその女は愛嬌よく、
「さあどうぞ、御ゆっくり」
と云って、自分は階下へ下りて行った。一時間、一時間半、二時間と経つ。すると女が不機嫌な表情で登って来て、
「御免なさい、何だか頭痛がして……」
ずる、ずる、藍子のいるのもかまわず戸棚から布団を引きずり出して延べ、尾世川の背後にふせってしまう。そんなことが二三度あった。――もう五月であった。
或る日、藍子が尾世川の宿へ行くと、今しがた出たというところだった。
無駄足が惜しくないように近所へわざわざ越して来ているのであったが、藍子はその時はそのまま家へ引返す気になれなかった。いい天気でもあったし、藍子は久世山の方へぶらぶら抜けながら、どこへ行
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