距離のところまで落ちて来ると、急に真白な牡丹雪となる。藍子はそれが面白く、降る雪のはやさと競争するように歩いて尾世川の家へ廻った。
「いよう! えらい元気ですね」
「――あすこへ行って来ましたよ」
「え?」
尾世川は愕いて、雪がついている藍子の髪やコートを眺め廻した。
「行らっしたんですか? 湯島へ?」
「雪見がてら行ったんだけれど、やっぱり貴方でなくちゃ駄目だそうです」
藍子は、女の様子や伝言をつたえた。藍子は、
「結局私の行った心持なんか通じなかったらしい――女は女を当にする気のないもんですね」
と苦笑した。
「それに、あの万年筆のありかが判りましたよ。あの人があずかっているそうじゃありませんか」
「や、そうですか? どうりで、いくら探してもないと思った。いや、どうも重ね重ね恐縮千万です」
或るレクラム版の翻訳の金が入ったところで、彼等はそれから江戸川べりの鳥屋へ行った。十四ばかりの愛くるしい娘がいた。尾世川がいくら訊いても笑って本名を教えない。尾世川は勝手に鳥ちゃん、鳥ちゃんとその娘を呼んだ。
三
その女は、程なく千束へ戻った。尾世川もその後訪ねて行っ
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