免なさいね、今お火をもって来ますから」
 八畳の座敷で、障子の硝子越しに、南天のある小庭と、先にずっと雪に覆われた下谷辺の屋根屋根の眺望があった。
 藍子は、女が若しか廃業でもしたい気かも知れないと思って来たのであったが、その推察ははずれていたのを知った。
「あんたの気持をよく聞いて帰れば、尾世川さんも種々しいいんだから」
 千束から人の来たことを話しても、女は身にしみては聴いていない風であった。打ちあけて何も話さず、てんから藍子が尾世川の何かでありでもするように、
「ねえ、あなた。後生だから一目尾世川さんに会わして下さいよ。あなたの御迷惑んなるようなこと、きっとしませんから、ね? 一目会わして下さい」
 躙《にじ》りよって来て藍子の膝に手をかけ、軽くゆすりながら女は片袖で涙を拭いた。
「なんにも私が会わせるの会わせないのって……そんな因縁ありゃしませんよ。ただ――あんただって訳のあることだろうし」
「ええ。その訳がね、どうしたってあの人に会わなけりゃ分らないんですよ。折角来て下すったのに何にも云わないでさぞ厭な女だとお思いでしょうけれど、どうぞ悪く思わないでね、どうかあなたのお力で尾
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