と云った。力なく腹のところを折りまげるような姿勢で、
「食慾がちっともないんで疲れて」
と吐息をついた。
 眩しくないように足許の台に乗せたスタンドの明りで、なほ子は皿に盛られたままの煮た果物や赤酒のコップなどを見た。それ等は少くとも午後からじゅうそのままそこに置かれていた様子であった。なほ子は、女中を呼んで、そんなものを皆片づけさせた。
「始終そばに置いて見ていちゃ猶食慾が出ないわ。――今日何あがったの?」
「牛乳だといくらでも飲めるから、きのうは牛乳二合ばかり、今日は葛湯も少したべた」
 まさ子は、大儀そうに小さい声で、
「ああ、ああ」
と云い、先ず肱をおろし、肩をつけ、横たわった。
 千世子が下で、疲れるんだって、と云った時、微妙な一種の表情があったので、なほ子は、屡々《しばしば》ある不眠の結果だろうと思っていた。まさ子は数年来糖尿病で、神経系統に種々故障があるのであった。
「――じゃ今日だけ一寸|臥《ね》ていらっしゃるんじゃなかったのね」
「国府津から帰ると悪いのさ――あとさき六日ばかりだね」
 耕一や千世子が母の容体につき無頓着そうにしているのが頼りない変な心持をなほ子に
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