るいって?」
「ええ。お姉様いつ帰ってらしったの」
「今かえったの。――寝てらっしゃるの」
 千世子は、何だか当惑そうに合点した。そして、少女らしい様子で、
「――疲れてるんだって」
と云った。なほ子は、母が下りて来るか、自分が二階へ行こうか、千世子をきかせにやった。
「今起きたところだから、三十分ばかり休みたいんですって」
 なほ子は、その間に風呂へ入った。水道の湯が久しぶりで心持よく、生垣の彼方で活溌な子供の声がしたり、それより一寸遠いところでピアノの音がしていたりするのが、愉快であった。生活の泡立っている感じが、体の周囲であぶく立つ石鹸の感覚と縺《もつ》れ、なほ子は何度も何度も勢よく立ったまま湯を浴びた。
 軽々した気持で、なほ子は二階へ登って行った。
「いかが」
「ああ」
 まさ子は、半分起き上った床の上で、物懶《ものう》そうに首を廻し、入って来る娘を見た。
「どうもはっきりしないんで困っているのさ――温泉はどうだったい――よく来たね」
「いやに萎れた声ね、どんななの?」
 まさ子は、床の裾に腹這いになっている千世子の方に目をやり、
「何だかいろいろたたまったんで悪かったんだね
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