く錯綜に揉まれたかった。弟でも誘い出しどこかで夕飯をたべるつもりで、なほ子は上野へ着くと両親の家へ電話をかけた。
「お離れにいらっしゃいますから一寸お待ち下さい」
「もしもし、ここ自動電話だから早くしてね」
それでも、待つ時間が気になる頃、耕一が出て来た。
「ああ、暫く。――今日帰ったの?」
「今上野なの――貴方出て来る気ない?」
暫く考えていたが、耕一は、
「僕今夜は家にいた方がいいな」
と云った。
「友達が二三人手伝いに来て呉れることんなってるから――え? 製図――それに阿母さん工合わるがってるから、家へいらっしゃいよ」
なほ子は、灯のつき始めた山下辺、池の端の景色などを曇ったタクシーの窓から、それでも都会らしく感じて眺めた。
植木屋が入ったと見え、駒込の家の玄関傍に、始めて見る下草の植込みが拵えてあった。薄すり紫がかった桃色の細かい花が、繊《ほそ》い葉の間に咲いている。それを見ながら、なほ子は呼鈴も押さず、暗い板の間へ通って行った。茶の間の戸を開けようとしていると、
「アラ」
千世子が、おかっぱと制服の裾を膨《ふく》らませ、二階から駈け降りて来た。
「お母様、工合がおわ
前へ
次へ
全20ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング