と見え、巌と泥とごたまぜに崩れ落ちている丘陵も違う。もっと奥の温泉への登り口がどこかその辺の篠原の間についていた筈だが、見当もつかない。――いくら見ても見当のつかないのが悲しく歓ばしく、なほ子は、度々その方を見ては鋭い感情を味わった。暗い一生の思い出と結びついたものと思っていた自然が、こうも新しいものとなって眼前にある!
飛ぶものは雲ばかりなり石の上 芭 蕉
石の碑が見えるところまで来ると、詮吉は真白い手巾《ハンカチ》を出して鼻を覆うた。
「ここより、却って来るまでの方が臭かったわ」
「そう?……いや臭い臭い」
詮吉は一旦はなした手巾をまた鼻におしつけた。
暫く、黒いごろりとした石を眺め、彼等は左手の丘陵へ登る路を帰途についた。或るところで一坪ほどの地面が大きな一本の躑躅ごと坂道へ雪崩《なだ》れ込んでいた。根こぎにされたまま、七八尺あるその野生の躑躅は活々樺色の花をつけていた。
真先に詮吉が東京へ帰った。なほ子もやがて立つことになったが、単調な山の中に半月もいて、同じような郊外の家へ帰るのは如何にも詰らなかった。真直に夜の東京の中心に戻り、燈火と人間と、明るく暗
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