を軒先に突き出している。当時の記憶は、なほ子にとって快いものではなかった。然し、そう数年のうちに全然忘れ切れる種類のものでもなかった。それに反してあたりの様子の変りようの激しさが、なほ子に意外な、ぼんやり驚きの感情さえ与えた。見れば、川も、幅が半分ばかりになっている。
詮吉は、呑気《のんき》にステッキを振り振り、
「荒れてるなあ、物凄いようだ」
と、都会人らしく感歎した。
「そりゃ湯ケ原のようには行かなくてよ」
「え? うむ、そりゃ分ってるが……硫黄の出るところは流石《さすが》に違うな」
「家らしいのは宿屋だけね」
この方面ばかりでなく、宿屋が並んだ表通りを一寸裏へ入ると、どこでも北海道の開墾地へ行ったような有様なのであった。
彼等は、元湯共同浴場と立札のあるところへつき当った。道が二筋にそこで岐れている。
「どっち?」
眺め廻し、なほ子は苦笑しつつ、
「さあ、分らなくなっちゃったわ」
と云った。
「右じゃないかしら」
彼等の先へ、二人連れの男がぶらぶら行くのでなほ子はそう云ったのであったが、少し行くと其方は行き止りであった。
「おやおや、怪しい道案内だな。――誰か訊く人はな
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