来たし……これ以上の成功は望めないと思って来たしね」
 黙って母の傍に自分も横わりつつ、なほ子は心に感じてそれ等の言葉をきいた。母の心の内部に新しい転機が来かけている。それが、どこかで自分の心とふれ合うものらしいのをなほ子は感じた。

 昌太郎が、北海道へ旅行しなければならなかった。その留守の間、このようなまさ子一人では心細いし、なほ子としては、どうしても一度信用ある医者に診せないうちは気がすまなかった。三四日泊ることにし、一旦、郊外の家へ帰った。
 宵から降り出し、なほ子が十一時過て郊外電車に乗った頃、本降りになった。梅雨前らしいしとしと雨であった。暗い田舎道を揺れながら乱暴に電車が疾走する。その窓硝子へ雨がかかり、内部の電燈で光って見える。なほ子は停留場へつく前に座席を立ち、注意して窓の外を覗いた。誰か迎えに来ていて呉れるであろうか。時間がおそかったし、第一、約束もしていないから当には出来ず、然し、人通りない暗い町を、その元気の足りない心持で一人行くのは閉口なのであった。電車が止った拍子に、待合所の隅でひょいと人の顔が動いた。大変小さい顔に見えた。がそれは総子であった。なほ子はわざ
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