かったんだねえ、春頃、もう喋って喋って、私の方が閉口してしまいました」
 明治二十五六年頃住んでいた築地の家の洋館に、立派な洋画や螺鈿《らでん》の大きな飾棚があった。若い自分が従妹と、そこに祖母が隠して置いた氷砂糖を皆食べて叱られた。その洋画や飾棚が、向島へ引移る時、永井と云う悪執事にちょろまかされたが、その永井も数年後、何者かに浅草で殺された事など、まさ子は悠《ゆっく》り、楽しそうに語った。向島時代は、なほ子も聞いた話が多かった。それから、昌太郎が外国へ行った前後の話。――母の生涯のこれまでの生活全体が、くっきりなほ子の前に浮び上って来た。
 なほ子は母の老いたことを沁々《しみじみ》感じ、さっき彼女自身、祖母について云った口うらから、母が飽きず思い出話をするのが、水のように淋しかった。
 午後、復興局に働いている若者が見舞いに来た。区画整理で、寺の墓地を移転するについて、柳生但馬守の墓を掘ったら、中には何もなかったと云う話をした。
「へえ、奇体なことがあるね、どうしたんだろう」
 まさ子は興味を示した顔つきで、その若者やなほ子を見た。そんなとき、眼に平常《ふだん》の母らしいかさばった
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