過、なほ子は耕一の仕事場にしている離れに行った。襯衣《シャツ》一枚になって、亢奮が顔に遺っていた。彼は出来上りかけている製作をなほ子に見せながら、
「姉さんいて呉れると、どんなに心丈夫だか分らない――話んなりゃしないんだから、間抜けばっかりで」
と云った。傍の台の上に、耕一が製図している家の油土の模型が出来ていた。彼は、
「電球見ないでね」
と注意して、二百燭をつけ、それを写真に撮った。卒業製作なのであった。

 翌日、まさ子は床についたままで、矢張り殆ど食事が摂れなかった。
「こんなに長く恢復しないことは無いのに」自分でも怪しんだ。
「幽門の瘢痕《はんこん》は仕方がないもんだそうだね、時々サーッと音がするようだよ。――何だか感じがある」
 母自身決して平気でいるのではなく、却って或る意味では医者を恐れているのが、なほ子に感じられた。なほ子が押して診察をすすめると、不快そうに理屈を云い、やがて、全然違う話をいろいろ始めた。
「こうやって寝ていると、昔のことをしきりに思い出してね、お祖母さまがいらしったうちに、いろいろ伺って置かなかったのが本当に残念だよ。――御自分でも話して置きなさりた
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