は、悦《よろこ》び、
「美味《おい》しそうだこと――御馳走になって見ようか」
と云うばかりで、ほんの一口飲み下しただけであった。彼女は、なほ子を落胆させまいとして云った。
「明日にでもなれば、きっと味が出るだろう」
父親と二人になった時、なほ子は本気になって専門医に見せることを勧めた。
「何でも糖尿病と更年期に押しつけて置いて、ほんとに手後れにでもなったら大変よ」
昌太郎は、
「うむ、うむ、いやその通りだ」
と、頷いた。が、その手筈を決める決心はつかないらしかった。なほ子は、祖父の癌であったことからそれを気にしているのであったが、まさ子は、そんな疑いを頭に置かないし、置いているとしても彼女は第一医者に信用を置いていなかった。十三年ばかり前、癌だと云われ、切開されそうになった経験があった。その時、まさ子はその方面では大家である専門医と議論し、頑張って到頭切開させなかった。それは後になって見ると実際癌ではなかった。幽門の潰瘍《かいよう》風のものであったと見え、まさ子は殆ど医者にかからず、忍耐と天然の力をたのみに癒した。自分の体は自分が一番よく知っている、そのように今度も云った。
十時
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