とかいう店の軽焼や、小さい円形ビスケット二十個。或はおにぎりで、上野の動物園にゆくとき、いつもその前のおひるはお握りだった。母はずっとあとになってからでも、小さい子供たちのために動物園に行くときは、さあおむすびをたべて、とこしらえたものであった。
赤トランクは年の順に大中小とあって、おむすびもいくらか大中小に結んであったのかもしれない。
その切どおしの崖上に白梅園というところがあったり、その附近に芥川龍之介氏の住居のあることなどが話題になったのは、ずっとずっとあとのことである。
切どおしの崖の上に一軒の家があって、私が母につれられて行ったことがあった。そこは謙吉さんという母の兄の家であった。謙吉さんという人は若くてアメリカへゆき、財産をこしらえて帰ったが、その頃は発狂して、養生していた。おとなしい気違いで、障子に指をつっこんで穴をこしらえ、一日じゅうそこから外を見て暮している、という話が子供心に印象された。この謙吉さんという人は、母の次兄であった。長男の一彰さんという人は、予備校のどこかへ通っている十六の年、脚気になった。溺愛していた祖母、母の母が、金をもたせて熱海へ湯治にやった
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