がら西の山かげに太陽が沈みかけると、軽い蛋白石《オパール》色の東空に、白いほんのりした夕月がうかみ出す、本当に空にかかる軽舸のように。しめりかけの芝草がうっとりする香を放つ。野生の野菊の純白な花、紫のイリス、祖母と二人、早い夕食の膳に向っていると、六月の自然が魂までとけて流れ込んで来る。私はうれしいような悲しいような――いわばセンチメンタルな心持になる。祖母は八十四だ。女中はたった十六の田舎の小娘だ。たれに向って、私は、
「ほう、おかしいことよ、私は少々センチメンタルになって来てよ」
といわれよう! 私は、御飯時分になると、台所の土間に両足下りて、うこぎ垣越に往還に向い拍子木をパン、パン、パンとたたいた。あたりはしんとした夕暮の畑だから、音はすんで響き渡る。するとかなたの花畑の裏の障子がさらりと明く。もうぼんやりした薄明で内の人の姿は見わけられないが、確に人がい、開けた障子の窓からこっちに向って、今度は手ばたきで答える。
「わかりました、じき上ります」
という暗号なのだ。それをきくと私は安心して茶の間に戻って来る。そして、小さな女中にいいつける。
「じゃあ、もう一人前お茶わん[#「わん
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