ばあ! ええ気になりくさって、おれを何だと思う! 亭主だぞ! 憚んながらこの家の主人だ! 何、何、何をしようとおれの勝手だ。おれの働きで建てた家で、したいことしていけねえんなら、糞! 燃しちまう! ああ燃しちまうとも! 糞!」
 おしまは、
「お前一人ででかしたようにほざくねえ! おめえが燃すというんならおれだって半こ半こだ! ほらよ、燃してくれべえ」
 勇吉の家は、畑中で近所が少し離れている。それだからいいようなものの、火の手は次第に募る。放ってはおけない。――勘助は井戸水をくみ上げながら、いやはやと思った。これは、大火事より都合がわるい。見物は、だらしなく、ワアハハハと笑うきりで手助けはしないし、火より先にけんかをやめさせる必要がある。勇吉夫婦は、ところが、名うての豪の者ではないか!
 勘助は、馬さんと大手おけ[#「おけ」に傍点]に水をくんでゆくと、いきなり、ざぶりと、燃える障子にぶちまけた。火はあらまし消え、くすぶり、その辺はみじめな有様だ。
「さあ、もうよさっせ、ええ物笑いだ」
 勘助は、そういったきりだ。炉辺に坐りこみ、わが家にいるように、乱胸[#「胸」に「ママ」の注記]を片
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