馬さんは現場へ行ぐ、すぐ消防の手配しろ」
冬にはつきものの北風がその夜も相当に吹いていた。なるほど、勇吉の家が、表側ぱっと異様に明るく、煙もにおう。気負って駆けつけ、
「水だ、水だ、皆手を貸せ」
と叫んだ勘助は、おやと尋常でないその場の光景に気をのまれた。勇吉の家では、今障子に火がついたところだ。ひどい勢いで紙とさん[#「さん」に傍点]が燃え上る明りの前で、勇吉夫婦が足元も定らず入りみだれて影を黒くわめき散らしている。勘助は、あわてて荷を出そうとどよめいているのだと思った。がよく見ると、何事だろう! 勇吉夫婦は酔っ払った上互に狂人のように悪態をつき合ながら、炉の粗朶火をふり廻して、亭主がここへ火をつけると、女房もそっちに火をつける。火をつけながら、泣きながら、おしまは、
「こげえな家が何でえ! 畜生! 夜もねねえでかせいだんなあ何のためだ、ひとう馬鹿《こけ》にしてけつかる」
オイオイと号泣して、彼女はよろける。
「糞じじいに鼻たらし嫁なぐさませるためじゃあねえぞ!」
すると、勇吉は、粗朶火を持たない左の手で、怒り猛る仁王のようにおしまにつかみかかりながら罵りかえした。
「へちゃば
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