いる。けれども、私はあなたがどんな恨を持っているかは知らなかった。――恨があるなら晴らすのもよかろうが、刃物三まい[#「まい」に傍点]は馬鹿なことだ。今は法律があって、何方が悪いかは役所で調べてくれる。一人人を殺せば……」
 お前も死ななければならないからと、頭の中でいいつづけようとし、私ははたと当惑した。吉さは既に女房を殺してい、「どうせその一人はやっちまったごんだ、こうなりゃ、うぬ!」と気張ったら、さてどうしよう。
 考えては、寝返りし、寝返りしては考えているうちに、私は体じゅう熱が出たように熱く成った。
 こんなことでどうなるものか、成るようにしか成らない。第一、吉さが家にちん[#「ちん」に傍点]入すれば真先に自分の処へ来るものと思うことから滑けい[#「けい」に傍点]ではないか。台所から来るか、二階から来るか、勇敢にばりりと雨戸を引破るか、知れたものではない。来るか来ないか分らないものを十中九分の九まで来ないとさえ知れながら――私は馬鹿女だ!
 しかし、村でも到頭人殺しが出るようになったか。(私の頭は何という依估地頭だ!)こそこそ泥棒も滅多にはなかったのに――。村の中で、この夜、
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