村始まって初めての殺人があるかも知れないという状態はせいそう[#「せいそう」に傍点]だ。私の想像はいやに活々して来た。まるで天眼通を授かったように、血なまぐさい光景の細目まで、歴然と目の前にえがかれて来た。これでは、実際あると同じこわさだ。神よ、私に眠りを授け給え!
 一晩じゅう、どんなに私が体を火照らせ、神経を鋭敏に働かせ通したか、あけ方の雀が昨日と同じく何事もなかった朝にさえずり出したその一声を、どんな歓喜をもって耳にしたか、私のひとみ[#「ひとみ」に傍点]ほど近しい者だって同感することは出来まい。七時から、十二時まで、私は石ころのようになって眠った。
 夕方になって、おみささんが礼に来た。
「何事もなくてまあよかったわね、どうしていて? その吉さというのは……」
 おみささんは、変に極りのわるいような、口惜しそうな、ぷりぷりした調子で素気なく答えた。
「ほんに、何ちゅう人たちだら……今朝ねあなた、お宅からかえって、そうっとまた裏の窓からのぞいて見たら……寝てるじゃあござせんか」
「へえ……それでそのおきみっ子は? 逃げているの、やっぱり」
「寝てますのよ! 一緒に寝てますのよあな
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