に馴染《なじ》むことの出来ないところがあって、ひろ子に一種の苦しい気分を起させるのであった。臼井の云うことにはちぐはぐなこともあった。
 或る席で、ひろ子が臼井に対してもっている否定的な印象を述べた時も、大谷は例によって目を盛にしばたたき、口を尖らすようにして、あぐらをかいた膝の前でバットの空箱を細かく裂きながら注意ぶかく傾聴はしたが、決定的な意見は云わなかった。最後に頭を上げ、
「――調査する必要はあるね」
と云った。市電のことが起ってから、大谷は応援活動の方面での責任者となり、忙しさにまぎれて調査もおそらくそのままなのだろう。臼井のことを云うひろ子と大谷との心持の間には、それだけのたたまって来ているものがあるのであった。
 大谷は、土間に落した吸い殼を穿《は》き減らした下駄のうしろで踏み消しながら、
「――じゃ頼みました、八時に、山岸、ね」
「…………」
 ひろ子は、片腕を高く頭の上へまわして、左手でその手の先を引ぱるような困惑の表情をした。
「子供のものもらい[#「ものもらい」に傍点]のことがあるし――、弱ったわ、本当に」
「ん――。ひる前ですむよ。それからだっていいだろう? も
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