ットに火をつけている大谷を見上げた。
「――亀戸の方から誰かないかしら。こっちは飯田さんが広尾へ出るんです」
「あっちは臼井君にきいて貰ったんだ。錦糸堀があるんだそうだ」
「――あのひと……ききに行ったのかしら……」
 妙な工合ににやつきながら、大谷を見つめるひろ子の視線をまともに受け、大谷は煙草を深く吸いこみながら何か前後の事情を考え合わせる風であったが、
「いや、行ってるだろう。……行ってるよ」
 確信のある言勢で云った。
 臼井時雄については、当人の口から元九州辺で運動に関係していたことがあると云われているばかりで、誰も確実な身元や経歴を知らなかった。いつの間にか診療所へ出入しはじめ、組合の活動に人手が足りなくなって来たら、これもまたいつの間にか、書記局の手伝いのようになった。二十四五の、後姿を見ると肩の落ちたような感じの小柄な男であった。
 ひろ子は、あんまり人嫌いしない性質であったが、この臼井がニュースなど持って来て、喋るでもなく、子供らと遊ぶでもなく、その辺を愚図愚図して自分たちの立居振舞を見ていられると、背中がむずついて来るような居心地わるさを感じた。いつになっても本能的
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