コトコトやっていると、外から少しじれったそうに、
「――どれ」
と戸をひくようにした。
「駄目、駄目。こっちを先へもち上げなけりゃ」
戸があくと同時に一またぎで大谷が土間に入った。
「なるほどこれじゃ骨が折れる。却って用心がいいようなもんだね」
そして、持ち前の毒のない調子で目をしばたたきながらふ、ふ、ふ、と笑った。
「どうしたの、今時分」
「急に頼みが出来たんだがね」
「何だか音がしたと思って見てるのに、すぐ顔を出さないんだもの」
「失敬、失敬」
大谷は首をすくめるような恰好をして笑いながら、
「しょんべんしてたんだ」
低い声で云って舌を出した。
大谷の用事は、ここから明朝誰か柳島の組会へ出てくれというのであった。強制調停に不服なところへ馘首《かくしゅ》公表で、各車庫は再び動揺しはじめているのであった。
「八時に、山岸って、支部長ですがね、その男を訪ねて事務所の方へ行けばいいことになっているんだ。突然ですまないけれど――頼む、ね!」
ひろ子は、髪を編下げにし、自分に合わせては派手な貰いものの銘仙羽織を着て揚板のところにしゃがんでいるのであったが、
「――困ったナ」
とバ
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