乳房
宮本百合子

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)縋《すが》り

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)時々|舐《な》めながら

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)子供のものもらい[#「ものもらい」に傍点]のことが
−−

        一

 何か物音がする……何か音がしている……目ざめかけた意識をそこへ力の限り縋《すが》りかけて、ひろ子はくたびれた深い眠りの底から段々苦しく浮きあがって来た。
 真暗闇の中に目をあけたが頭のうしろが痺《しび》れたようで、仰向きに寝た枕ごと体が急にグルリと一廻転したような気がした。寝馴れた自分の部屋の中だのに、ひろ子は自分の頭がどっちを向いているか、突嗟《とっさ》にはっきりしなかった。
 眼をあけたまま耳を澄していると、音がしたのは夢ではなかった。時々猫がトタンの庇《ひさし》の上を歩いて大きい音を立てることがある、それとも違う、低い力のこもった物音が階下の台所のあたりでしている。
 ひろ子は音を立てず布団を撥《は》ねのけ、裾の方にかけてある羽織へ手をとおしながら立ち上った
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