子供らの様子を見た刹那、ひろ子は、何故か、火事! と錯覚した。こちらからも思わず小走りになった。出逢いがしらのひろ子のスカートへ握りかかって、二郎が、
「あのね! あのね!」
 息を切り、
「飯田さんがつれてかれちゃったよ!」
と告げた。
「いつ!」
「さっき!」
「小倉さんは?」
「いる」
 その朝の新聞に、市電争議打ち切りが出た。タミノは、立ったまま新聞をひろげて見ていたが一遍おろしたのをまたとり上げ、
「あたしたちが、こんなことを今朝になってブル新で知るなんて。――何てくやしいんだろ」
と云った。その直截《ちょくせつ》な表現は、ひろ子の心持とも云えた。お花さんが、その話をきいて、
「あれ、あたし困っちゃったな、近所せ[#「せ」に傍点]わりいようでさ。ストライキするからってたとい一銭にしろ、袋せ[#「せ」に傍点]入れてむらったんだもん……ねえ」
 基金を出した親たちに、争議は従業員が実力を出して負けたのでないことを説明したビラを刷る、その仕度をタミノはさっき迄していたはずなのであった。
 小倉は、入って来るひろ子を見ると、
「ああ、よかった!」
 まるでたぐりよせられるように立って
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