来た。
 二人の特高が、まるで何でもないようにやって来て、ろくに物も云わずいきなり二階へのし上った。すぐつづいてタミノがついて上り、降りて来たのを見ると、一人の特高が手に赤インクで、「赤旗」と題を刷ったものを持っていた。それでタミノの顔をぶった。
「しらばっくれんな、貴様党員じゃないか。大谷が皆喋ったぞって、それはそれはひどくぶたれなすったわ」
 そう云いながら小倉は涙を浮べた。
 ひろ子は我知らずきびしい調子で、
「そんなことは、うそだがね」
と云った。ここの託児所に一枚だってありようのないそういう文書が口実として、どこかから用意して来てつかわれる。それは、プロレタリア文化連盟の弾圧の場合にもつかわれたて[#「て」に傍点]であることをひろ子はきいていた。
 ひろ子は小倉を励ましながら、大きい白い紙に、何の理由もなくもう三ヵ月近く警察の留置場におかれている沢崎キンのことと更にさっきひっぱられて行ったタミノのことを書いて、入って来る者の目にすぐつくように、上り端の鴨居《かもい》に下げた。
 自分がこの今の一ときはのがれているその永続性が、夜までつづくか、あしたまでつづくものか、ひろ子には
前へ 次へ
全59ページ中58ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング