登って来た。
「きいた?」
 赤い頬の上で、タミノは眼をギラギラさせた。
「こっち、来るんじゃない?」
 稲葉の神さんは、何かが身近に迫ったのを直感したように、ひろ子の顔からタミノへ、またひろ子へと不安そうな目をうつした。ひろ子はそれに心づき、
「大丈夫よ!」
 タミノに向って目顔した。
「ここは託児所だもの、ねえ、変なことをすりゃ、おっかさん達だって黙っちゃいやしないわねえ」
 汗が出ているというのでもないのに、稲葉のお神さんは縞の前垂を指にからんで頻りに小鼻のまわりをふいた。
「ポ[#「ポ」に傍点]ロレタリヤは、し[#「し」に傍点]とじゃないとでも思ってけつかるのかしら!」
 稲葉のお神さんが下へおりて行くと、待ちかねたようにタミノが力のある腕を動かして戸棚から行李を引きずり出した。そして、いらない紙きれを注意ぶかく始末しながらタミノは、
「ここまで総ざらいなんての、御免だね」
と呟いた。
 それは分らなかった。ソヴェトの友の会が各地区の職場へ拡がって、ソヴェト見学団の選出が職場でされるようになったら、その活動は却って不自由にされた。市電応援の活動と大谷の部署の関係とから、託児所へ
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