には、すべてが速い、鋭い、音のない雷光のように映った。むこうへ行かず、駅前の方へ戻るので、お神さんは袂で半分顔をかくして軒下に引こんでいた。その眼に映ったのは左右とうしろからとりかこまれ、手錠をはめられた男の姿であった。それでも落着いて着物の前を不自由な手先で直しながら来たのは、たしかに大谷だったというのである。
 ひろ子は、聞き終った時、喉がつまって、変に声が出し難いように感じた。暫く、ペンをもったままの右手で口を抑えるようにしていたが舌の乾いた声で、訊いた。
「大谷さん、何か持ってませんでしたか?」
「サア、私もあれッと思っちゃったもんで――ちっちゃい包みみたいなもの下げてたね、たしか」
「先に別れた男って――どんな装《なり》してました? 洋服?」
「洋服なんぞじゃあるもんか、そら、そこいらによくあるじゃないの、書生さんのさ、絣《かすり》だったよ、多分」
 ひろ子の瞳孔が、凝《じ》ーっと刺すように細まった。絣……絣。臼井は絣ばかり着ている。――だが――
「そのひとの顔は見なかったのね」
「だって、あんた、そりゃ先へ曲って行っちゃったんだもの……」
 一段おきに跨いで、タミノが下から
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