は大根がはみ出していた。
「ああ、小母さんなの……どうして? 何か用?」
「大谷さん、ここへき[#「き」に傍点]なかった?」
「――来ませんよ」
 大谷とは、今夜会う約束なのであった。稲葉のおかみさんは、平常でない目のくばりで、
「じゃア、やっぱしそうだったんだろか」
 ひろ子は、自分でも知らない速さで椅子から立ち上った。
「どうした?」
「――あたし、見ちゃったんだヨ」
 その声の表情にはひろ子をぞっとさせるものがあった。
 おかみさんの家が講の当番なので、今日は休んで買い出しに出た。駅前の大通りをこっちの方へ曲ると、前の方を大谷らしい男が、もう一人別の若い男と連れ立って歩いて行くのが見えた。稲葉の神さんはもう少し近づいてみて大谷だったら声をかけようと思ってうしろからついてゆくと、ラジオ屋の角で若い方の男が別れた。二つばかり横丁をすぎた時、駄菓子屋の横から一人の洋服の男が出て来たと思うと、早、もう二人どこからか出て来て丁度前後から大谷を挾んだ。
「おい!」
 何とかいうのと、大谷がすりぬけようとするのと、その大谷をすばやく三人が囲んでちょっとくみ合いがはじまったのと、稲葉の神さんの目
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